古代〜中世
アイラ島には新石器時代から人が住んでいた証拠があり、島内各所に古代ケルト人の遺跡が残る。
3〜5世紀
アイルランドのダル・リアタ王国からスコット族が渡来し定住。ゲール語・ケルト文化がアイラに根付いた。
800〜1100年頃
バイキング(ノース人)の侵略と支配。地名にノルド語の痕跡が残る(例:Laphroaig の "-aig" はノルド語で「入り江」の意)。
12〜13世紀
ノルウェー王国とスコットランド王国の間で領有争いが続く。
1266年
パース条約によりアイラはスコットランドに帰属確定。
13〜15世紀
ロード・オブ・ザ・アイルズ(Lordship of the Isles)の中心地として栄える。フィンラガン(Finlaggan)城が政治・文化の中心。ヘブリディーズ〜アイルランドにまたがる強力な独立政体で、独自の法体系・言語・文化を持っていた。
1493年
スコットランド王ジェームズ4世がロード・オブ・ザ・アイルズの権力を剥奪。以降、アイラはキャンベル家(アーガイル伯)の支配下に置かれる。
フィンラガン城跡(Finlaggan)は今もアイラ島中部の湖上に残り、訪問できる。
かつてのロード・オブ・ザ・アイルズの繁栄を今に伝える貴重な史跡。
近代
17〜18世紀
ハイランドクリアランス(大地主による農民の強制立ち退き)の波がアイラにも及ぶ。多くの農民がカナダ・アメリカへ移民した。
19世紀
蒸留業の合法化(1823年消費税法)によりウイスキー産業が経済の柱となる。農業・漁業と並んでウイスキーが島の主産業へと発展。
第一・第二次世界大戦
島の若者が多数徴兵。人口が減少。蒸留所の多くが操業停止・軍需工場へ転換した時代もあった。
現代のアイラ
現在の人口は約3,200〜3,400人。島内唯一の病院・数か所の学校を持つ小さなコミュニティ。
- 主産業:ウイスキー蒸留・観光・農業・漁業(貝類・魚)
- アイラモルト(Islay Malt)は地域ブランドとして確立し年間数十万人の観光客を呼ぶ
- Fèis Ìle(フェイシュ・イーラ)5月末開催のウイスキーフェスティバル期間中は人口が一時的に数倍に膨れ上がる
- 島内のホテル・B&Bは数か月前から満室になるほどの人気ぶり
- 自然保護区が島の多くを占める。ホワイトテールイーグル(白尾鷲)の繁殖地として知られる
言語と文化
ゲール語(スコットランド・ゲール語)は今も一部住民が話す。地名の多くはゲール語由来。
アイラの地名はゲール語・ノルド語・英語が混在する独特の文化的層を形成している。
乾杯の言葉:Slàinte mhath(スランジバ / スロンチャ)=「よい健康を」の意。
アイラの蒸留所訪問時には必ず覚えておきたいフレーズ。